堀内長玄覚書(第三十五集)二百二十八番

堀内長玄覚書第二百ニ十八番
前略(明和五年十二月十二三日頃と書かれています)
是より惣百姓下地よりの訳合いに腹立ち致し、当村惣百姓腰をかがめ、一同に申し合わせ候は、下地より割付銀、御用金、銀札引替等、書付まで御取り置きなさられ、御年貢時に下しなさられ候約束の所に、困窮の百姓に訳立下しなさらず、最早この上致し方之無く候えば、御請け申し候事相成り申さず。何事に寄らずこの後川原惣右衛門申し付けられ候事、聞き入れ申さずと惣百姓より口々に悪しく申し立て候に付き、惣右衛門、段々不首尾に相なり候て極月十六日に惣右衛門、丹州へ罷り帰り候由を百姓方に承知致し候に付き、当村方百姓申し合せ、御陣屋に詰めかけ申し候は明日より丹州に御帰りなさられ候由承り及び候、其れにつけ五年以前申の年、御用金厳しく仰せ付けられ候に付き、差し上げ置き候此の金子の儀、其の節川原氏申され候は、此の金子に付きこの惣右衛門申し付けべく候義、如何様なる儀出来致し候えども、我等役儀相勤め候えば百姓方に一分も難儀かけ申さず、これ迄の役人の申し付け候は相替わり、きっと返済致し遣わし候所きっと差し上げ致し候様と御申し付けの事、なお又銀札引替の儀も村中の書付御取置きなさられ、この儀も戌の御年貢次に下しなさられ候はずの約束、今日に至りそのままに捨て置き下され候事、引替所九兵衛となれ合いになされれ候や、右の口々早々訳立候はば故郷へ帰し申し候。もし訳立相済み申さず候はば、この村方へ惣右衛門もらい候て我々共の様に百姓致され相続なり候ものか、ならざるものか、為見致したく候事と惣百姓口々に申し候へば川原惣右衛門一言も無く、一揆の百姓方申し候は、最早この後、井上氏申し付けられ候義も知らず請け申さず候、これまた口々に申し候。其れに付け惣百姓口々に申し候は、腰を据え、おのれ惣右衛門め、是迄は御郡代と存じ奉り候て、何事にても請け候所、ようもようも是迄御百姓を犬か猫の様に、百姓を、どうしおれ、こうしおれと、非人、乞食同然に申し、かりそめにも権威にて(権力を笠に着て)御百姓をたたききめ付けようもいたしたな。おのれ惣右衛門め、どこの牛の骨やら馬の骨やら知れぬせぬやつが、御百姓を存分にようもぬかしたな。最早百姓も命限りに候えば、是まで上げ置き候御用金、先納銀、銀札引替等、訳立済まさず候はば是非共惣右衛門め、もらい候と、口々申しに付き、大勢の人々大音にて余りに厳しく申し候えば、その時川原惣右衛門、色香をちがい(顔を青ざめ)罷りあり候。その時、庄田氏その場に御出でなさられ、、庄田氏のひざ元へにじり寄り、こわがり、さてさてその時惣右衛門が有様、申すばかりと無く候。その時庄田氏より惣百姓へ申し渡され候は、この度我等事御殿様当地へ御入部なさられ候に付き、この庄田召し出でられ、何事に寄らず二千石百姓共この庄田に預けおき候と御意有之候えば御殿同前に我等事存じ候か、然るべく候えばこの庄田が右川原、井上一件の事預り置き候ほどに、惣百姓共、差し控え候様と仰せ付け候えども、百姓方口々に申し候は、庄田様御意に候えども、何分惣右衛門は固く申し付け置き候金子供右申す通りの訳合いに御座候えば、是非今夜中に訳立致され候様に御取り計らいなし下され候えば有難く存じ奉り候。若し訳立相済まず候えば、明日丹州へ帰す事なり申さず候、若し帰り候えども是までの様に、御供廻りの、送り駕籠のと申す事、一切なり申さず候と、大音上にて口々大勢百姓より申し立て候所、庄田氏より色々と申され、ようよう預りになさられ候て、申し詰めなさられ候えば、惣百姓御陣屋より皆々引き帰り申し候。それより右川原惣右衛門、同夜半立ち帰り候様に身拵え致し候えども、一人も送り供に参るもの之無く候へば、主一人うろうろと致し候所、ようよう井上と藤井と世話取り持ちにて、孫八一人雇い出し候て、この時は惣右衛門より自分に質銭三百文、柏原まで送り相頼み候はずにて出立候所に、その時江戸川合吉右衛門申され候は、出立の儀今ひと時御待ちなさられ候が然るべくと、若し百姓方に恨みある人有之候て、如何様なる仇いたし候や、夜半頃に候えば先ず御控えなさられ候て、夜明けに出立なさられ候が然るべくと申され候に付き、夜明け方より裏道はかの尻さして出行き、それより土手屋、灰屋、稲屋等のぞき、忍び出しは、尻からげすごすごと惣右衛門一人と孫八と、こそこそ逃げ帰る有様は心地よかりし次第なりと、皆々申すなり。これより、此の事世上共色々のうわさ有之候事、前代未聞これ無く候事と申す事なり。
※注 堀内長玄覚書のクライマックスとも言うべき場面です。百姓方の不満が爆発しいわゆる尻をまくった状態です。普段は武士に対し、へり下っていますが、ここにきて相当汚い言葉を代官に浴びせています。
天理大学の谷山正道先生が「明和五年旗本多賀氏領の百姓一揆とその背景」と題して論文を書かれています。天理大学図書館でコピーしてもらえます。